フィリピンでオフィス内装(Fit-out)を進める中で、多くのテナントが直面する壁があります。それは、管理会社から突きつけられる「1人あたり9.3平米を確保しなければならない(それ以上詰め込んではいけない)」という謎のルールです。
「うちはIT企業だからもっと人を配置したい」と言っても、「消防法(RA 9514)の決まりだから」の一点張り。しかし、条文を紐解いていくと、これは法の解釈を根本的に間違えた(あるいは意図的に厳しく運用している)「管理会社の独自理論」であることがわかります。
今回は、消防法の条文と計算ロジックに基づき、この「9.3平米の壁」を崩すための論理を解説します。
矛盾1:「9.3平米」は“最低基準”であって“上限”ではない
管理会社は、消防法(RA 9514)を根拠に「密度比率9.3平米/人を厳守せよ」と通達してきました。
しかし、消防法(RA 9514 RIRR 2019)のSECTION 10.2.16.1の原文にはこう書かれています。
> “For purposes of determining required exits, the occupant load of business purposes shall be **no less than** one (1) person per nine and three tenths square meters (9.3 m2) of gross floor area.”
> (必要な出口を決定する目的において、ビジネス用途の収容人員は、延床面積9.3平米につき1人を**下回ってはならない**。)
「下回ってはならない(no less than)」とは、「出口の数を減らすために、過少な人数で見積もってはいけない」という安全設計のための「下限」を定めたものです。「それ以上の人数を入れてはいけない」という「上限」規制ではありません。
つまり、管理会社は「最低でもこれだけの避難経路を確保しなさい」という設計基準を、「これ以上人を入れてはいけない」という入居制限として誤用しているのです。
例えていうならば、
「日曜日はカレーにしなければならない」というルールがあったとして、ある日にカレーを食べたら「今日は日曜日だ。なぜならカレーを食べたから。」と言うようなものです。
あるいは、公共施設を設計する時、トイレのブースの数を決める時に似たような計算を行います。
床面積から、最大使用人数を仮定し、そこから必要な便器の数を決めるのです。
ではそのビルは「このビルの便器は100人で設計している。あなたは101人目なのでビルに入ることは許可されない。」というようなことを言うでしょうか。
それと全く同じです。
矛盾2:同じ条文に「4.6平米(倍の人数)」を認める例外がある
もし仮に「9.3平米」が絶対的な安全基準だとしたら、それより過密な状態は危険で許可されないはずです。しかし、全く同じ条文(SECTION 10.2.16.1)の続きには、明確な例外規定があります。
> “The occupant load for concentrated use as in the case of **Call Centers, IT Centers, BPO’s**… shall **not be less than** one (1) person per four and six tenths square meters (**4.6 m2**) of gross floor area…”
> (コールセンター、ITセンター、BPO等の集中利用の場合の収容人員は、延床面積4.6平米につき1人を下回ってはならない…)
法律自体が、用途がBPOやITであれば通常の倍の密度(4.6平米/人)でも良いと認めているのです。この例外規定の存在自体が、「9.3平米でなければならない」という管理側の主張が、消防法上の絶対的な制限ではないことを証明しています。
矛盾3:本当の定員上限は「平米数」ではなく「階段の幅」で決まる
では、定員は何人で頭打ちになるのでしょうか? 消防法は「平米数」ではなく、「避難設備の容量(Capacity of Means of Egress)」、つまり「階段の幅」で上限を決定します。
避難計算の公式は以下の通りです。
- 1人あたりに必要な階段幅: 7.6mm
- 新しい建物の階段の最低幅:1,120mm
【シミュレーション:1,360平米のフロアの場合】
1. 管理会社の主張(9.3平米密度)
* 想定人数:約147人
* 必要な階段幅:147人 × 7.6mm = 1,117mm
→ 階段が1本あれば足りてしまう計算です。
2. こちらの主張(4.6平米密度 / BPO利用)
* 想定人数:約296人
* 必要な階段幅:296人 × 7.6mm = 2,250mm
通常のオフィスビルには避難階段が2本設置されています。法律通りに作られていれば、それぞれの幅は最低1,120mmあるはずなので、2本合計で2,240mmの幅が確保されています。
つまり、「建物には、4.6平米の高密度(約300人)でも安全に避難させるだけの階段スペックが既に備わっている」可能性が極めて高いのです。
設備等のハードウェアが「300人避難可能」な状態であるにもかかわらず、管理会社がソフトウェア(運用ルール)で「147人まで」と制限するのは、消防法上の根拠を欠いています。
結論:正しい主張で交渉を
管理会社やエンジニアに対しては、単に「人数を増やしたい」と言うのではなく、以下のロジックでレターを出すべきです。
- 消防法の9.3平米は「出口設計のための最低見積もり」であり、定員上限ではない(Source: SECTION 10.2.16.1)。
- 我々の用途はBPO/ITに該当するため、法的基準は4.6平米である(Source: SECTION 10.2.16.1)。
- このビルの階段幅(実測値)は、4.6平米密度で計算された人数を収容するのに十分な容量(Capacity)を持っている(Source: SECTION 10.2.5.2 / Table 1)。
しかしながら、この主張を相手は理解できるでしょうか。
私には相手が理解できるとはとても思えません。
ここがフィリピンの難しさです。普通の理論を理解できない人が、ビルのアドミに存在することが、フィリピンでは非常に多いのです。それくらい、ビルのアドミというのは話が通じないのです。