賃貸契約書の基礎知識

賃貸契約書の読み方

場所の下見が済み、LETTER OF INTENTなどを提出し、いよいよ細かい契約内容を確認したいとなったら、ビル側がOFFER SHEETと呼ばれる契約書の抜粋版を出してきます。相手が小さな会社の場合は、別のテナントの契約書をコピーし、個人情報を黒塗りにした状態で出してくることもあります。そのいずれかも出てこなければ、こちらから「契約書のドラフトをくれ」と言えば良いです。

賃貸契約書には、耳慣れない言葉が多く並んでいます。

いずれの項目も重要で、あとで変更することは困難ですので、署名を行う前に、すべて確認をしなければなりません。今はAIが一瞬で翻訳してくれますので、PDFをもらってAIを活用しましょう。
賃貸契約は、数ある契約の中でも重要な契約であり、今後進めていく許認可においても提出機会が多いです。

  1. SQUARE METER 広さ
  2. RENT PER SQUARE METER 平米単価
  3. RENT 賃料
  4. MODE OF PAYMENT 支払い条件
  5. ASOCIATION DUES 共益費
  6. SECURITY DEPOSIT 保証金の金額
  7. ADVANCED RENTAL 前払い家賃の金額
  8. ADVANCED RENTAL 前払い家賃の充当月
  9. FREE RENT 内装工事のための無料期間
  10. CONSTRUCTION BOND 工事供託金
  11. TAX 税金(VAT, WHT, DST)
  12. PRE TERMINATION CLAUSE(途中解約の場合の罰則)

SQUARE METER 広さ

貸し室の面積。しかし、実際に超音波メジャーで正確に計測しても、この面積よりも小さいことがほとんどです。壁芯で計算するか、内法で計算するかの違いによる誤差もありますが、時には、10%も少ないことがあります。廊下の部分を面積に入れていたり、何年も前の古い図面に描かれた間仕切り位置で計測したときの値を正しいと信じて使っていたりすることもあります。

実際の面積と契約書上の面積の違いについて、フィリピンでは何を言っても無駄です。「現実がどうであれ、その数字が契約条件だ」と言われて終わります。

RENT PER SQUARE METER 平米単価

平米単価は、通常税抜き価格で表示されます。フィリピンの付加価値税(日本でいう消費税のようなもの)は12%と大きいため、税抜きか税込みかでは、諸々の計算における違いが大きいです。経費として認識するのは税抜き価格であることや、源泉徴収の計算の基礎となるのもVAT抜き価格であるので、VAT抜きかVAT込みかは必ず確認しなければなりません。VAT込みか込みではないかを明記しない契約書を出してくるところは、たいてい税務申告をまともにしていないところであり、Official Invoiceも出てこないでしょう。すべてを適当にごまかしているオーナーです。

RENT 賃料

平米単価に賃料を掛け、VATを乗せたものが賃料です。
PEZA企業の場合は、VATが免除になりますが、普通、契約書には、PEZAであろうとなかろうと、VATを明記するのが普通です。
※2021年から2023年にかけての税務通達により、PEZAの企業の賃貸契約はVAT対象となりました。

MODE OF PAYMENT 支払い条件

月初に小切手で支払うのが一般的です。
12ヶ月分、あるいは厳しいところだと、全契約期間をカバーする分の先日付小切手を出すように要求するところもあります。
先日付小切手を渡す場合は、必ず、PRE TERMINATION(途中解約)の条項をよく読んでからにした方が良いでしょう。途中解約条項のなかに「すでに提出済みの先日付小切手はすべて没収」という一文が加えられていることがあるためです。通常は、セキュリティー・デポジットの没収だけで済むのですが、このような一文が入っている場合、すべての小切手を没収する可能性が出てきます。
先日付小切手は、銀行に連絡すれば、無効化することは可能ですが、相手が強硬な態度に出る場合は、不渡り小切手を「詐欺行為」と認定して訴えてくる可能性もあります。このような紛れをなくすために、先日付小切手を渡すときは、途中解約の条項を必ず確認しておくべきです。

ASOCIATION DUES  共益費

家賃とは別にASOCIATION DUES (共益費)を支払わなければならなりません。ビルの管理スタッフやガードマンの人件費や、共用部分の電気代などを合算し、面積で案分して請求されます。毎月固定の金額が請求され、また家賃と同じように、毎年上昇するのが普通です。

契約前に、「家賃はいくらか」とビルのアドミに問い合わせた場合、相手は共益費を含まない純粋な家賃だけを答えてくるのが普通です。実際には、家賃の25%に相当する共益費がかかることもあるので、家賃を聞くときは、「共益費はいくらなのか」と聞かなければなりません。

SECURITY DEPOSIT  保証金

セキュリティー・デポジットは保証金であり、賃料の3ヶ月分程度の金額を契約時に支払います。契約が終了し2ヶ月あるいは3ヶ月経過しない限り返却されません。契約終了後に、電気代などの請求書が未払いで残っていたり、著しい破損があったりすると、セキュリティー・デポジットからその費用を差し引かれます。
通常、セキュリティー・デポジットの支払いをもって、契約が成立するため、セキュリティー・デポジットが支払われない限り、いつでも契約が白紙になってしまう可能性があるので注意しなければなりません。セキュリティー・デポジットを支払っていないのに、口頭での約束があるから大丈夫、と思い込むのは禁物です。
セキュリティー・デポジットは会計上、預け金(資産)であるので、源泉徴収、VATは不要です。

ADVANCED RENTAL  前払い家賃

アドバンス・レンタルは前家賃であり、通常、3ヶ月分程度の家賃を契約時に支払います。この前家賃をいつ充当するかは契約によって様々であり、最初の3ヶ月に充当するパターンと、最後の3ヶ月に充当するパターン、それらをミックスしたパターンなどがあります。
スタートアップ時は資金繰りが苦しいため、このアドバンス・レンタルをどの期間に充当されるかは重要です。
家賃であるので、5%の源泉徴収をしておく(家賃から5%を引いた額X月数分を支払う)ことが必要です。3ヶ月分の前家賃を払い込むときに、5%を差し引いた金額を相手に支払ってしまい、その翌月の10日にその5%を納税しておくのは、一番まぎれが無い方法です。
あるいは、5%を徴収した金額を払うのは同じであるが、その前家賃を行使するときにはじめて5%を納税するという方法もあります。
会計的には、前家賃を行使するときにはじめて経費として認識するので、後段の方が正しいと思われますが、実際には、5%を源泉徴収することを相手に伝えると、すぐに相手から源泉徴収票2307を要求されるため、個人的には、前段の方法による方法を取ることの方がよいと感じます。
しかしながら、アドバンス・レンタルを支払うのは、フィリピンに来てまだ間もない時であることが多く、源泉徴収の知識など無いに等しいです。そのため、契約書の額面通りにアドバンス・レンタルを支払ってしまう人がほとんどです。源泉徴収は、税務調査での対象となることが多いため、神経質になったほうがよいでしょう。

FREE RENT 内装工事のための無料期間

契約開始時に、1ヶ月もしくは2ヶ月程度の、「家賃無料期間」を与えられることが多いです。その期間を使って、必要な工事などを行ってください、というわけです。
その無料期間は契約期間に含まれているのか、もしくは無料期間が終わってから契約期間が開始するのかも、契約書でチェックしなければなりません。無料期間が終わった時点から12ヶ月もしくは24ヶ月といった契約期間が開始する契約のほうが、借り手にとっては都合が良いです。

CONSTRUCTION BOND 工事供託金

コンストラクション・ボンドとは、大掛かりな内装工事を行う際、ビル側に預ける供託金のことです。金額は、家賃の1ヶ月分とか、工事金額の10%という場合もあります。
工事によってビル本体に損傷を与えたであるとか、工事業者がルールを守らない場合などはペナルティと称して、この供託金から差し引いていくのです。
工事が終了し、返金を受ける際にはビル側の審査があり、それをパスしないと返金しないという厳しいビルもあります。
「市役所のオキュパンシー・パーミットを出せ」「電気のパネルをGE製のものに換えろ」というようなことを、工事を完了したあとで言われることがあり、なかなか気苦労が絶えません。
よって、コンストラクション・ボンドを払え、というようなビルに対しては、「工事が終わった後で、あれは駄目だ、これも換えろと言われてもかなわないから、ハウス・ルールを出せ」と言えばよいでしょう。コンストラクション・ボンドを徴収するようなビルは、たいていハウス・ルールと呼ばれる工事における内規を持っているので、それを出させましょう。

TAX 税金(VAT, EWT, DST)

賃貸契約にからむ税金は、VAT(付加価値税:12%)、EWT(拡大源泉徴収税)、DST(印紙税)、固定資産税の4つです。やや複雑で、契約書をよく読まないと、罠が仕掛けられているのに気づくことができません。

まず、VATですが、そもそもVATを徴収できるのは、貸す側がVATを徴収することを認められた事業者のみです。つまり部屋を貸すことを事業として登録していて、VATを明記したOfficial Invoiceを所持している事業者のみです。相手が個人で、しかもきちんと税務報告をしていないような場合は、Official Invoiceはおろか、事業登録さえもしていない可能性があします。そういうところが貸し主である場合は、VATを支払う必要はありません。
また契約書に記載された賃料が、VAT込みの金額なのかVAT抜きの金額なのかを確認します。
金額がVAT抜きであれば、その金額が家賃のベース金額(費用として計上する金額であり、源泉徴収額を計算するもとの金額)です。
金額がVAT込みである場合は、その金額を1.12で割ることによって、ベース金額を求めます。オフィス街のビルであれば、VAT込みの金額を記載するところはほとんどありませんが、個人がやっているようなところでは、まだまだいい加減な契約書を出してくるところがあるので、要確認です。
借りる側がPEZA企業であればVATを支払わなくてよいので、non-VAT証明書をPEZAから入手でき次第、大家に提出し、VATを免除してもらうことができるので、ベース金額を意識することは重要です。※2021年から2023年にかけての税務通達により、PEZAの企業の賃貸契約はVAT対象となりました。

次に源泉徴収(EWT:Expanded Withholding Tax)ですが、これはなかなか素直にいきません。
経理・税務の章で詳述しますが、源泉徴収とは、支払うべき費用の一部を税務署に納め、相手にはその税務署に支払った金額を差し引いた金額だけを支払うというルールです。支払いを受ける方は、目減りした分しか受け取ることができません。しかし、その目減りした分については、支払い者から源泉徴収票を発行してもらい、それを納税時に金券として使用できることになっています。
たとえば、オフィスの契約書に記載された賃料が、10万ペソ(VAT含まず)であったならば、オフィス賃料に対するEWTの率は5%であるので、10万ペソから5%を引いた、9万5千ペソを相手に支払えば良いです。5千ペソは翌月10日に、1601Eというフォームとともに税務署へ支払わなければなりません。
ここで問題なのは、「EWTの5%を引きます」ということを表明したとたんに、「それは困る。それなら5%を上乗せする」「5%はそっちで負担しろ」と言い出す大家が少なからずいるということです。オフィスビルの中には、分譲式のオフィスもあり、そういうところでは一部屋一部屋のオーナーが異なります。不動産屋が生業として貸しているところもあれば、単に財テクのために個人が所有しているところもあります。中には経理のことをよくわからない人や、そもそも税務申告をしていない人がいます。そういう人は、正しく税務申告をしていないがために、5%を引かれると、引かれたままになってしまい、損をしたと感じるのです(実際は、5%の損をするのではなく自分の納税時に使えるのですが)。
また、借りる側は貸す側のTINナンバーや氏名を申告フォームに記載するので、源泉徴収によって自分が納税していないことが発覚するのを恐れるオーナーもいます。特に住居のオーナーにはその傾向が強く、5%の源泉徴収を言い出したとたんに、「おまえには貸さない」と言われ、契約が流れてしまうことが多いです。
オフィスの場合、5%の源泉徴収でもめてしまうようなオーナーとは、契約をしないほうが賢明です。これから先も、経理的な面でいろいろトラブルが発生する可能性があります。
それでも、どうしてもそのオフィスを借りたいと言う場合は、相手側の手取りが変わらないように、契約書を作り直すしかありません。たとえば先の例で、相手が10万ペソを手取りで受け取りたいと言う場合は、10万ペソを0.95で割り105,263.16という賃料に変更します(これをグロスアップといいます)。そうすると、5%の5,263.16ペソは借りる側が税務署へ納付し、10万ペソがオーナーへ支払われることになり、オーナーは満足します。この場合、借りる側が経費として認識するのは、10,5263.16ペソとなります。
コンドミニアムの場合、大家は個人である場合と、法人である場合とがある、個人である場合、家賃収入を申告している人はほとんどいません。そのため、5%を源泉徴収すると言うと、それは大家側にとっては、すなわち5%の収入減を意味するため、同意してくれるケースは少ないです。「税金は全て借りる側の負担とかいてあるのだから、それも借りる側が払ってくれ」と言うわけです。ここで正論を述べても、大家は「あなたには貸さない」と言うだけなので、前述のグロスアップなどの方法を用いて折り合いを付けるしかないでしょう。

コンドミニアムの場合、契約書の借りる側の名前を、個人にするか会社にするかという判断も必要です。
契約書の名前を会社にする場合、経費を会社負担とすることができます。しかしながら、フィリピンでは役員などへの住居費の負担は、その個人への給与と見なされるため、諸手当税(フリンジベネフィット税)がかかってしまいます。
例えば、10万ペソの賃貸契約を会社名義で結び、その全額を会社で負担したとします。
その家賃10万ペソの50%が給与相当と見なされます。役員は手取りで5万ペソの給与をもらったのと同じであるから、32%の最高税率で額面を逆算すると、5万÷0.65=76,923が給与相当分となります。税務署に納めるべき諸手当税は、この額面の35%であるから、26,923です。
10万ペソの家賃を会社が負担するだけで、26,923ペソを税務署に払わなくてはならないということになります。
このフリンジベネフィット税は、存在すら知らない人が多く、金額も小さくないため、会社で家賃を負担する場合は、細心の注意が必要です。

次は、DST(ドキュメンタリー・スタンプ・タックス:印紙税)ですが、これも忘れやすい税金です。オフィスの賃貸契約を結んだ場合、ノータライズを行った日の翌月5日までに税務署へ行って印紙税を支払わなくてはなりません。ノータライズを30日に行ったとすると、翌月5日まではあまり日が無いため、注意が必要です。税額は契約書がカバーしているの家賃の0.2%と大きくはないのですが、これも1日遅れただけで最大25%プラス金額に応じたペナルティを請求されるので、注意しなければなりません。
このDSTの費用を貸し手、借り手のどちらが負担するかも契約書には書かれていることが多く、普通は借りる側の負担です。
複数年契約の場合は、その複数年分の賃料合計に対して0.2%がかかりますので、想定外に大きな額になることもあります。

最後に固定資産税ですが、これは通常貸し主の負担です。ところが困ったことに、契約書にこっそりと「固定資産税は借り主の負担」と書いてくる大家がいます。固定資産税は契約書の後半に書かれていることが多く、かなり注意して読まないと、なかなか気づくことができません。固定資産税をこっそりと借り主に負担させようとする大家は、意地が悪く、将来のトラブルのもとになるので、私ならその条項を見ただけで契約をする気にはなれません。

PRE TERMINATION CLAUSE 途中解約の場合の罰則

中途解約をした場合の取り決めは非常に重要です。
通常はセキュリティー・デポジットの没収ですが、それ以外に没収されるものがないかどうかをよく読んだ方が良いです。時には、前払いしたアドバンス・レンタルまで没収と書かれていることがあります。あるいは、「先に渡してある小切手は全部没収」と書かれていることもあります。その場合、渡してある先日付小切手を全て没収されるという解釈も成り立つため、そのまま署名をするのはたいへん危険です。
もし、うっかり署名をしてしまい、先日付小切手も没収されたとしたら、銀行に連絡をし、それらの小切手が落ちないようにストップをかける必要があります。

このように賃貸契約書には、知っておかなくてはならないことがあまりに多く、フィリピンに来たばかりの人には理解しづらい部分が多いです。契約に際しては、ぜひ、日本人の不動産屋やコンサルタントに依頼して、契約に立ち会ってもらうべきでしょう。