賃貸契約の流れ

物件の探し方

マニラにおいて、商業地区エリアは主にマカティ、ボニファッショ、オルティーガスの3地区に集中しています。不動産屋に、どのエリアで何平米くらいのオフィスを探しているのかを伝えれば、すぐにリストを提供してくれます。あとは、不動産屋と一緒に、見て回り、気に入ったところがあれば、不動産屋を通して交渉に入ることになります。PEZAの認定をとるつもりであれば、PEZAビルという条件も付け加えます。

通常、不動産業者で扱うオフィス物件は200平米超の広いオフィスばかりです。50平米というような、スタートアップに適した小さなオフィスはほとんどありません。あっても、不動産屋のリストには出てこないため、自分の足で探すしかありません。
さらにPEZAになれば、150平米のオフィスですら探すのは困難でしょう。
このように、マニラのオフィスはとにかく大きいため、小さくスタートアップするにはなかなか難しいかもしれません。

コンドミでの事業は不可

では、コンドミニアムを借りて、そこで事業をすれば良い、と考える人もいますが、フィリピンでは、居住用地区と商業用地区とが明確に分かれており、一般的にコンドミニアムの1室で事業の許可を取得することはできません。
たとえば、ビルの1階と2階が商業施設で、上の階がコンドミニアムになっている建物では、1階と2階でビジネス・パーミットをとることはできても、上の階でビジネス・パーミットをとることはできません。
ビレッジ内の1戸建て住宅でも同じです。そのビレッジが商業地域として市役所およびバランガイに認められているのであればビジネス・パーミットを取得できますが、そうでなければビジネス・パーミットを取得することが出来ません。
登記をする時点では、記載した住所地が商業地域かどうかのチェックは行われないため、登記を済ませてビジネス・パーミットを取る段階になって初めて、ビジネス・パーミットを取ることができないということを知る人もいます。
パソコン一つでできてしまうような事業を行いたい人は、バーチャル・オフィスで登記とビジネス・パーミットと税務署登録まで済ませ、実務は自宅の一室で行うという方法がよいでしょう。従業員を出入りさせるようなことがなければ、問題になることはあまりありません。

アドミは常に上から目線で意地悪

ビルのアドミは、基本的に上から目線で接してきます。官僚的で、意地悪です。フィリピンに来たばかりの日本人ビジネスマンは、こういったビルのアドミの態度に、面食らうかもしれません。
テナント側が「借りてやる」ではなく、ビルの側が常に「貸してやる。いやなら借りるな」という態度です。アドミも同じで、テナントの賃料から自分の給与が払われているという感覚は無く、テナントというものは、単に自分が管理をする対象であるとしか感じていないようです(2022年現在、コロナ禍もあり、だいぶ事情は変わってきたかもしれません)。
たとば、気に入ったビルがあり、「賃料はいくらだ?」と聞いても、その場で答えてくれることはまずありません。「まずは、会社概要とともに、借りたいという旨を書面(Letter of Intent)で提出しろ」と言われます。
Letter of Intentとは、「我々はこれこれこういう会社で、あなたの○階のスペースを借りたいので、賃料その他の提案を下さい」というような簡単なものです。

アドミの担当者は、このレターを上司に見せます。
上司は、その会社に貸すかどうかを社内で協議し、貸してもよいという判断が出れば、賃料などの契約条件の抜粋版が出てきます。
「貸したくない」という判断が出れば、「もう別の会社に決まった」などと言われ、体よく断られるでしょう。
Letter of Intentの意味がわからなければ、その俎上にものれず、正確な賃料を知ることすらできないかもしれません。

物件を予約するには、ある程度のデポジットを預けなくてはなりません。デポジットがなければ、予約は不可能です。
「いますぐ予約したいから、この金を預ける」と言っても、「まずはLetter of Intentを出せ」と言われて、受け取ってもくれないでしょう。このあたりはなかなかガードが固いのです。

契約を進めていく段階でも、アドミに対して不愉快な思いをすることは度々あるかもしれません。
いつの間にか賃料が上がっていたり、あるはずのない登記書を要求されたり、なかにはビジネス・パーミットを出せ、というところもあります。自分はオフィシャル・レシートを出さないくせに借りる側にはには源泉徴収票を出させたり、請求書を期日通りに持ってこないくせに支払いが遅れれば利子を加算したりと、理解に苦しむ出来事がいろいろと発生します。

アドミに気持ちが良いスタッフがいるところは、借りていてもストレスがありません。アドミの態度の善し悪しでビルを選んでもよいくらいです。

物件の動きが早い

気に入った物件があり、アドミにその旨を伝えると、
「別の会社も借りたいと言っているから、借りるなら早くデポジットを入れたほうがいい」と、言われることが多いです。「どうせフィリピンでよくある、購入者をせかして買わせる手口なのだろう」と思う人も多いですが、この相手のセリフは本当のことが多いです。決めあぐねていると、本当に1週間ほどでその場所が他社に取られてしまうのです。
マニラのオフィス物件は、回転が速いです(2022年現在、コロナ禍もあり、だいぶ事情は変わってきたかもしれません)

物件の下見をするときは、もう、「今回で仮契約までして帰る」つもりで来たほうがよいです。「4月からオフィスを借りたいから1月頃にいちど下見に行く」ということはあまり意味がありません。1月に見つけた物件は4月にはほとんど残っていないからです。
このような理由から、日本から下見に来られる方には「最初にまとまった金がいるので、その支払い方法を用意してから見に来ないと、あまり意味が無いですよ」とアドバイスしています。特に、会社もない、何も無い状態では小切手を発行することができないので、最初のデポジットを行うために、誰かの小切手を使わせてもらうなどの段取りが必要となります。海外から銀行口座へ送金するという方法は、実態として目に見えづらいせいか、フィリピンでは好まれません。

良い場所が取られるのも早いですが、出て行く会社もまた多いです。数ヶ月も滞在すれば、同じフロアの何割かはテナントが入れ替わってしまいます。

契約が先か、登記が先かの卵とニワトリ

ビルの仮契約をしようとすると、「会社の登記証を出せ。これはルールだ」と言われることがあります。
多くの企業にとっては、いまから借りようとするオフィスが、本店であり、登記はその場所で行う予定なので、登記は当然のことながら未完了です。それなのに、ビル側は、「登記証を先に出せ」と言うのです。
登記を済ませるには、既に述べたように「住所」が必要です。住所なくして登記は出来ません。仮の住所で登記もできますが、住所変更をするには登記の修正をかけなければならず、これには1ヶ月半ほどの時間がかかります。修正申告自体も、慣れている人でなければ簡単ではありません。

いくらアドミの担当者に、「ここで登記をするのだから、登記証なんてあるわけないだろう」と説明したところで、「これはルールだ」と言われるだけです。フィリピンでは、基本的に相手の事情を考えるという文化が無いので、自分の都合だけを一方的に押し付け、平行線となって、話がこう着状態となります。

この卵とニワトリを突破するには、普通にレターを書けば良いです。
「これこれこういう理由で登記証はまだございません。この物件を契約し次第、速やかにSECへ申請します。登記完了次第、コピーを提出することを約束いたしますので、どうか、登記証なしで契約をさせてくださいませ、お願いします」と、レターを出します。フィリピンは、日本の何倍も官僚的であるため、こういった会社間の突発的なコミュニケーションはレターを通して行われるのが普通です。レターを受け取った方は、そのレターに対しては何らかの回答をしなければならないというマナーが存在するので、このレター作成が、フィリピンでは一番効果的なのです。
日本から来たばかりの一般的なビジネスマンの9割は、「レターを書く」という方法を思いつくことすらなく諦め、残りの1割はレターを書かなければならないということが分かっても、書き方が分からずに諦めてしまいます。
気の利いた不動産屋やコンサルタントの助力が無ければ、不動産契約は容易ではありません。

便利なバーチャル・オフィス

前述の卵とニワトリを解消するために、バーチャル・オフィスで登記を完了するという方法もあります。
いくつかのレンタルオフィス業者が、バーチャル・オフィスのサービスを提供しているので、月額費用を払って、住所を使わせてもらうのです。いわば私書箱のようなものです。費用は月額1500ペソ程度と安価で、登記だけでなく、ビジネス・パーミットも問題なく取得することができます。
バーチャル・オフィスの利点は、

  1. 在庫がなくなることがないので、いつでも確実に契約できる。
  2. 実際の拠点を引っ越ししたとしても、本社をバーチャル・オフィスにしておけば、登記の記載事項や納税地を変更する必要が無い。

です。

また、レストランのような店舗型ビジネスをやりたいようなとき、登記が無い状態で店舗の契約交渉を開始するのは、ほぼ不可能です。しかも、店舗の契約が終わるたびに登記や税務署登録を変更していたのでは、事務処理があまりに煩雑になってしまいます。
こういった事態を避けるため、本社は絶対に移動しないバーチャル・オフィスで登記をし、ビジネス・パーミットと税務署登録まで済ませてしまい、実際の拠点を作るたびに、その拠点ごとに追加でビジネス・パーミットと税務署登録を取得していくやり方が合理的です。
IT企業であっても、最初は小さなオフィスを借りて、2年後に大きなオフィスに引っ越したいというような場合は、バーチャル・オフィスで本社を登記する方法を検討するべきです。
後述するが、フィリピンでは引っ越しに伴う事務作業が膨大であるため、そのことをスタート時から考慮に入れたほうが良いでしょう。

契約交渉は流れることが多い

日本から来たばかりの日本人が、直接、賃貸契約の交渉を行うと、契約が流れることが多いです。
予約をし、賃料交渉を進めていたと思ったのに、突然「ほかの会社に貸したので貸せない。」と言われてしまうのです。
多くの場合、ビル側が「この会社には貸すのは不安なので、貸したくない」という判断を下したためです。表向きは、「貸したくない」とは言わないので、「ほかに貸した」といって体よく断っているのです。
ビル側が不安を感じる原因はいくつかあります。

  1. 携帯電話の連絡先しかなく、固定的な連絡先がない。
  2. フィリピン人のコンタクト・パーソンがおらず、日本人が直接交渉にあたっている。
  3. LETTER OF INTENT を提出できない。あるいはその意味がわからず、放置する。
  4. アドバンス・レント、セキュリティー・デポジットなどの基本的な用語を知らず、何度も質問してくる。
  5. VAT、源泉徴収などの基本的な税法を知らず、何度も質問をしてくる。

家賃の滞納、遅延をするテナントは少なくないため、ビル側は、確実に家賃を支払ってくれるテナントを選ぼうとする意識が強いです。上記にあげた5つのうち2つ以上に該当するようだと、相手は不安な取引先と判断するでしょう。また、家賃交渉をしつこくやっているうちに、実際に別の会社が借りてしまうケースもあります。中には、手付金を払ったにもかかわらず、ほかの会社にとられてしまった、というような話もありました。貸す側は、短いやり取りを通して、どんな借り手なのかを、じっくりと吟味しているのです。

借りる側が「借りてやる」という態度で臨んでしまうのも、契約が流れる一因です。日本はともかく、フィリピンでは貸す側が借りる側よりも、2段階ぐらい優位であり、「貸してください。お願いします」という態度で臨む必要があります。丁寧にエレガントに交渉を進める必要があります。

こういったことから、借りたい物件が決まったら、そこから先は不動産屋かコンサルタントに任せた方が良いでしょう。借りられるものも借りられなくなってしまいます。

エアコンを先に決めよう

オフィススペースを借りるときの最重要チェックポイントは、なんといってもエアコンの室外機置き場を設置するスペースがあるかどうかです。
オフィスビルには、ビル側でエアコン設備があるビルと、エアコン設備が無いビルの2種類があります。天井に吹き出し口があれば、エアコン設備のあるビルです。フィリピンでは「セントラル」とか「セントラライズド・エアコン」などと呼んでいます。
また、エアコンにはウインドウ型とスプリット型の2種類がありますが、ウインドウ型ではせいぜい30平米くらいまでしか冷やせないので、多くの場合はスプリット型を設置する必要があります。スプリット型は室内側の機械の他に、室外機を設置しなければならないので、その室外機を設置するスペースが近くに必要となります。
さて、ビルエアコン設備がないビルの場合は、たいてい、室外機を置くための小さなバルコニーなどが近くにあることが多いです。もしそのスペースが無ければ、エアコンを設置することはできません。
ビルエアコン設備があるビルであっても、自分の会社が残業を頻繁にするような業務形態の場合、自前でエアコン設備を設置する必要があります。なぜなら、ビルのエアコンは多くの場合、夕方の5時か6時で止まってしまい、延長するには1時間あたり1,500ペソといった費用を払わなくてはならないからです。この費用を払いながら、毎日2時間ずつ延長すると、1ヶ月で6万ペソを超えてしまうことになります。
ビルの外観がきれいなガラスのカーテンウォールである場合、自前のエアコン室外機を置く場所がないことがほとんどです。これに対して、古いビルの場合は、どこかしらに室外機を置くスペースがあることが多いです。
これらの理由から、ビルを借りるときは、真っ先に自前のエアコンの設置スペースがあるかどうかを見るべきです。

ビルエアコンがあるか無いかの違いは、意外に大きいです。
電気代はビルエアコンを使った方が、自前のエアコンをフル回転させるよりも安いことが多いです。
また、ビルエアコンは空気の入れ替えも行っているため、匂いがこもることがありません。ただし、外の汚れた空気を絶えず運んでくるため、空気清浄機を設置しても意味が無くなります。

複数年契約するか、単年度契約でいくか

賃貸契約での最重要ポイントは、家賃の上昇率です。
フィリピンでは、家賃は毎年上昇するのが普通で、上昇率は5%〜10%である(2022年現在、コロナ禍もあり、だいぶ事情は変わってきたかもしれません)。
日本から来られる方の中には「なぜ家賃が上昇するのか」と疑問に思われる方もいるが、こればかりは仕方がありません。家賃、人件費、光熱費など、すべての費用は毎年上昇します。
賃貸契約を単年度契約にする場合、翌年の家賃については、「適切な上昇率」と記載するにとどまり、明記しないのが普通です。結局、オーナー次第ということになるのですが、多くの場合、10%と言われるでしょう。もし、内装にある程度手を加えたような場合、翌年の家賃交渉は極めて不利になります。オーナー側は、借りる側がある程度の投資を済ませており、出て行きたくないのを知っているため、「嫌なら出て行け」と、かなり強気で言ってくるからです。日本では「長く借りてもらっているから安くします」と言ってくるオーナーがいてもおかしくなさそうだが、フィリピンではそのようなことはありません。

「また借りたいということは、儲かっているんだろう?だったら払えるはずだ」
「嫌なら他で借りればいい」

と、オーナー側は考えるのです。
このような理由から、内装工事を大々的に行う場合は、必ず3年〜5年といった複数年契約をしなければなりません。複数年契約であれば、家賃上昇率も最初に決定されるので、「嫌なら出て行け」と言われる恐れがありません。それでも5年契約で5%ずつ上昇、というのが標準でしょう。ちなみにこの場合の5%というのは複利的に計算されるため、一年目の家賃を100とすると、5年目の家賃は121.5となります。

賃貸契約はあらゆる許認可の基礎となる

これから先、許認可を取得していく上で、賃貸契約書の提示を求められる場面は多いです。
双方が署名し、ノータライズ(公正証書化)したら、すぐに全ページをスキャンし、いつでも取り出せるようにパソコンに保管しておくようにします。
さらにエクセルで、一覧表を作っておきます。
縦軸には、月。横軸は、期間(何月何日〜何月何日)、支払日、賃料、VAT、源泉徴収、NETの支払額を記載します。
3年契約なら36ヶ月分の行を作って表を完成させます。
セキュリティー・デポジットやアドバンス・レンタルを支払ったときの領収証もスキャンし、パソコン内の同じフォルダに保管しておきます。中には、「デポジットを支払った時の領収証が無いならデポジットは返却できない」と言い出すビルもあるからです。
賃貸契約は、金額が大きく重要であるにもかかわらず、契約に関する事務社員の関心は低いです。多額のデポジットやアドバンス・レンタルがどうなっているのかに関心を払う社員はほとんどいないので、アドバンスを払っているにも関わらず、2重で払おうとしたり、領収証を無くしたり、契約書をどこにしまったかわからなくなったりします。賃貸契約に関わる部分は社員任せにせず、みずからスキャンをし、賃料はエクセルでまとめておくなどしたほうがよいでしょう。特に複数の物件を借りる場合などは、かなり複雑化するので注意が必要です。

 契約したら、真っ先に税務署へ

賃貸契約書は、印紙税支払いの対象です。このことは誰も教えてくれないので、放置してしまうことが多いですが、ビジネス・パーミットを取得するときに税務署に必ず指摘され、支払っていなければペナルティを課せられてしまいます。
契約書をノータライズし、翌月5日までに税務署へ持って行かなければなりません。税額は、1年分の家賃の0.2%です。

大家は何もしない。すぐに使えるオフィスは無い。

フィリピンでは、ビルのオーナーは何もしないのが普通です。
そこにある部屋を、そのままの状態で貸すだけです。たとえそのままではオフィスとして機能しないような場合でも、全てはテナント側が行います。1ペソもお金を使わないのが普通です。
中でも電気系の設備は、そのままでは機能しないことが多いです。部屋のなかにパソコンを並べると電気容量がオーバーしてしまうとか、コンセントの数がまるで足りない、照明が無い、などは普通のことです。電気系設備は目で見てもよく分からないため、借りた後で多額の工事見積もりを見て驚くことが多いです。
ベア(仕上げが全くない裸)状態でオフィスを貸すところも多いです。床、天井は何も無いので、最初に入ったテナントが全て工事をしなければなりません。中には、ビルエアコンの冷媒管だけが用意してあって、その先の空調機はテナントが設置しろ、退去するときにはそれを置いていけ、というところもあります。

オキュパンシー・パーミットと呼ばれる占有許可も、取得しているオーナーはまずおらず、テナントが新たに取得しなければなりません。このオキュパンシー・パーミットについては、ビジネス・パーミットの項で詳述するが、かなり難易度の高い許認可で、取得できずに困っている会社は多です。

ビル自体の設計は、日本に比べると驚くほどに程度が低いです。
日本では、賃貸オフィスであれば電気のシャフトが執務スペースの近くにあり、万が一、工事が必要な場合でも、工事が容易にできるようになていますが、フィリピンでは電気のシャフトというものがありません。各テナントがめいめいに、メインの電気室までのつなぎ込みの配線工事を行います。このため、電気室の近辺はグッチャグチャになっています。

これだけ暑い国なのに、自前のエアコン用屋外機を設置するスペースが無いのが普通です。したがって、設置したとしても、エアコンから出てくる凝固水を排水するためのシャフトもありません。共用スペースに給湯室というものがありません。オフィスでコーヒーを飲み、そのカップは各テナントの雑用係がトイレの手洗いで洗うので、トイレの洗面所は食器洗いで占拠されることがあります。
日本では一般的なOAフロアもフィリピンでは全く普及していません。電気やLANの配線は、いまだに天井からたち下げるのが普通です。床を斫って、配線を埋め込むこともありますが、ビル側が許可をしないことが多いです。埋め込むために5センチほどの増し打ちコンクリートが打ってあるとしても、よくわからないので、とにかくNOというのです。
いくつかの物件を見て回ればわかりますが、借りてすぐにオフィスとして使えるところは無いと思った方が良いです。工事をする業者をみつけ、何をしなければならないかを調べ、見積もりをし、契約し、工事を行い、ようやく事務所として機能します。この間、3ヶ月から6ヶ月は見ておいた方がよいです。

居抜きを借りるとドツボにはまる

オフィススペースを見て回ると、前のテナントがおいていった内装をそのまま使えることがあります。いわゆる居抜き借りというものです。
居抜きで借りる場合、その内装状態でオキュパンシー・パーミットがあるのかどうかを確認しなければなりません。オキュパンシー・パーミットというのは、日本語にすれば占有許可であり、「その工事は正しく行われたので使っても良い」という許認可です。バランガイおよび市から取得します。しかしながら、前のテナントがオキュパンシー・パーミットを取得していて、その原本を譲り受けられるケースは10回に1回もありません。オキュパンシー・パーミットが無いスペースを借りた場合は、新しいテナントが改めてオキュパンシー・パーミットを取得しなければなりませんが、その手続きはきわめて煩雑です。まず内装の状態をもういちど図面におこして青焼きを作成し、建築、設備、電気、衛生のエンジニアの署名をもらい、建築許可に戻って取得します。「工事をしたのは前のテナントであって、私たちでは無い」と言っても無駄です。オキュパンシー・パーミットをとらなければビジネス・パーミットがとれません。ビジネス・パーミットをとれなければ、その先あらゆる事業活動に支障をきたします。
「居抜きで借りることが出来た」と喜ぶのもつかの間、3ヶ月もたつと、簡単にはビジネス・パーミットがとれないことを知り、数ヶ月の間、煩雑な手続きに奔走されるでしょう。

間借りは簡単ではない

スタート・アップにおいて、大きなオフィスを借りるのが難しい場合、誰かのオフィスの一角を借りて、事業をスタートする場合があります。
この間借りスタイルは、許認可的には問題が多いため、慎重に進めなければなりません。
まず、いかに小さな拠点であろうとも、フィリピンでは拠点ごとにビジネス・パーミットを取得しなければなりません。法人登記は一本でよいが、拠点が3つあれば、3つの場所全てでビジネス・パーミットを取得しなければなりません。税務署登録もそれに付随して、3カ所で行わなければなりません(ただし法人税は本社の住所地のみで納税します)。
つまり、誰かがスペースを気軽に貸してくれたとしても、市に対してはそれでは済まないのです。

次に、その間借りしたスペースでビジネス・パーミットを申請してみると、市は必ず「賃貸契約書を出せ」と言ってきます。間借りしているだけなので、ビルとの契約書は存在しません。よって貸してくれる相手との間でサブ・リース契約を結び、それを文書化して提出することになるのです、市役所は、「貸し手のLessor’s Permitを見せろ」と言ってきます。Lessor’s Permitというのは、賃貸業の許可のようなものです。取得はそれほど困難では無く、バランガイと市に行けば、数日で取得できます。しかし、貸し手が機敏に動いてくれない限り、Lessor’s Permitが取得できず、ビジネス・パーミットが取得できないまま、どんどん時が過ぎることになります。

間借りスペースでは足りなくなり、独立したオフィスを借りて引っ越す場合には、そのための手続きも、日本とは異なり面倒です。
まず、本社の住所を、その間借りしている場所で登録してしまっている場合は、本社の所在地を変更しなければなりません。変更するには、SECにて記載事項変更をするのですが、所定の書式などはないため、一般の人にはやや難しいでしょう。住所変更に要する時間は、1ヶ月半くらいです。
次に、現在のビジネス・パーミットを閉鎖し、新しい場所でビジネス・パーミットを取得し直します。ビジネス・パーミットを閉鎖するのはそれほど困難ではなく、1~2ヶ月で完了するでしょう。移動する場合は、ビジネス・パーミットの閉鎖をしてから新規に取得するのでは無く、新規に取得をして、古い方はゆっくりと閉鎖手続きを進めたほうが良いです。

引っ越しによって、税務署の管轄が変更になる場合は、さらに困難な手続きが待っています。過去3年分の税務報告書をもれなく提出し、タックス・クリアランスを取得しなければなりません。私も以前、税務署の管轄の変更をやったことがありますが、住所が完全に切り替わるのに、2年かかりました。税務署も市役所と同じように、閉鎖して移動するのではなく、新規に取得してから古い方を閉鎖する、という手順で行った方がよいでしょう。

いずれにせよ、間借りして小さくスタートし、1年くらいで引っ越せば良い、と軽く考えるのは禁物です。引っ越しにからむ許認可の手続きに翻弄され、疲弊してしまうでしょう。