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賃貸契約書の読み方
場所の下見が済み、LETTER OF INTENTなどを提出し、いよいよ細かい契約内容を確認したいとなったら、ビル側がOFFER SHEETと呼ばれる契約書の抜粋版を出してくる。相手が小さな会社の場合は、別のテナントの契約書をコピーし、個人情報を黒塗りにした状態で出してくることもある。そのいずれかも出てこなければ、こちらから「契約書のドラフトをくれ」と言えば良い。
賃貸契約書には、耳慣れない言葉が多く並んでいる。
いずれの項目も重要で、あとで変更することは困難であるので、署名を行う前に、すべて確認をしなければならない。賃貸契約は、数ある契約の中でも重要な契約であり、今後進めていく許認可においても提出機会が多い。
- SQUARE METER 広さ
- RENT PER SQUARE METER 平米単価
- RENT 賃料
- MODE OF PAYMENT 支払い条件
- ASOCIATION DUES 共益費
- SECURITY DEPOSIT 保証金の金額
- ADVANCED RENTAL 前払い家賃の金額
- ADVANCED RENTAL 前払い家賃の充当月
- FREE RENT 内装工事のための無料期間
- CONSTRUCTION BOND 工事供託金
- TAX 税金(VAT, WHT, DST)
- PRE TERMINATION CLAUSE(途中解約の場合の罰則)
SQUARE METER 広さ
貸し室の面積。しかし、実際に超音波メジャーで正確に計測しても、この面積よりも小さいことがほとんどである。壁芯で計算するか、内法で計算するかの違いによる誤差もあるが、時には、10%も少ないことがある。廊下の部分を面積に入れていたり、何年も前の古い図面に描かれた間仕切り位置で計測したときの値を正しいと信じて使っていたりすることもある。
実際の面積と契約書上の面積の違いについて、フィリピンでは何を言っても無駄である。「現実がどうであれ、その数字が契約条件だ」と言われて終わる。よっぽど良心的なアドミであれば、再計測をしてくれるかもしれないが、確率的には10%もないであろう。仮に10%もの違いが見られ、そのことを伝えても何も動かないようなところとは、契約をしない方が良い。アドミとのつきあいは今後ずっと続いていくわけで、多くのトラブルが発生することが容易に予想される。
RENT PER SQUARE METER 平米単価
平米単価は、通常税抜き価格で表示される。フィリピンの付加価値税(日本でいう消費税のようなもの)は12%と大きいため、税抜きか税込みかでは、諸々の計算における違いが大きい。経費として認識するのは税抜き価格であることや、源泉徴収の計算の基礎となるのもVAT抜き価格であるので、VAT抜きかVAT込みかは必ず確認しなければならない。VAT込みか込みではないかを明記しない契約書を出してくるところは、たいてい税務申告をまともにしていないところであり、オフィシャル・レシートも出てこないであろう。すべてを適当にごまかしているところである。
なおこの平米単価は、毎年5%〜10%上昇していくのが普通である。
RENT 賃料
平米単価に賃料を掛け、VATを乗せたものが賃料である。
PEZA企業の場合は、VATが免除になるが、普通、契約書には、PEZAであろうとなかろうと、VATを明記するのが普通である。
契約をする段階では、借りる側がPEZAのnonVAT証明書を持っていないことが普通であるため、最初のうちはVAT込みで払い、PEZAのnonVAT証明書が手に入った段階で、VAT無しでの支払いに切り替えることになる。契約書にVATが記載されているからといって、PEZAのnonVAT証明書をとったとも、ずっとVATをとられるのではないか、と心配する必要は無い。
MODE OF PAYMENT 支払い条件
月初に小切手で支払うのが普通である。
12ヶ月分、あるいは厳しいところだと、全契約期間をカバーする分の先日付小切手を出すように要求するところもある。
先日付小切手を渡す場合は、必ず、PRE TERMINATION(途中解約)の条項をよく読んでからにした方が良い。途中解約条項のなかに「すでに提出済みの先日付小切手はすべて没収」という一文が加えられていることがあるためだ。通常は、セキュリティー・デポジットの没収だけで済むのであるが、このような一文が入っている場合、すべての小切手を没収する可能性が出てくる。
先日付小切手は、銀行に連絡すれば、無効化することは可能ではあるが、相手が強硬な態度に出る場合は、契約違反として訴えてくる可能性もある。このような紛れをなくすために、先日付小切手を渡すときは、途中解約の条項を必ず確認しておくべきである。
ASOCIATION DUES 共益費
家賃とは別にASOCIATION DUES (共益費)を支払わなければならない。ビルの管理スタッフやガードマンの人件費や、共用部分の電気代などを合算し、面積で案分して請求される。毎月固定の金額が請求され、また家賃と同じように、毎年上昇するのが普通である。
契約前に、「家賃はいくらか」とビルのアドミに問い合わせた場合、相手は共益費を含まない純粋な家賃だけを答えてくるのが普通である。実際には、家賃の25%に相当する共益費がかかることもあるので、家賃を聞くときは、「共益費はいくらなのか」と聞かなければならない。
SECURITY DEPOSIT 保証金
セキュリティー・デポジットは保証金であり、賃料の3ヶ月分程度の金額を契約時に支払う。契約が終了し2ヶ月あるいは3ヶ月経過しない限り返却されない。契約終了後に、電気代などの請求書が未払いで残っていたり、著しい破損があったりすると、セキュリティー・デポジットからその費用を差し引かれる。
通常、セキュリティー・デポジットの支払いをもって、契約が成立するため、セキュリティー・デポジットが支払われない限り、いつでも契約が白紙になってしまう可能性があるので注意しなければならない。セキュリティー・デポジットを支払っていないのに、口頭での約束があるから大丈夫、と思い込むのは禁物である。
セキュリティー・デポジットは会計上、預け金(資産)であるので、源泉徴収は不要。
ADVANCED RENTAL 前払い家賃
アドバンス・レンタルは前家賃であり、通常、3ヶ月分程度の家賃を契約時に支払う。この前家賃をいつ充当するかは契約によって様々であり、最初の3ヶ月に充当するパターンと、最後の3ヶ月に充当するパターン、それらをミックスしたパターンなどがある。
スタートアップ時は資金繰りが苦しいため、このアドバンス・レンタルをどの期間に充当されるかは重要である。
家賃であるので、5%の源泉徴収をしておく(家賃から5%を引いた額X月数分を支払う)ことが必要だ。3ヶ月分の前家賃を払い込むときに、5%を差し引いた金額を相手に支払ってしまい、その翌月の10日にその5%を納税しておくのは、一番まぎれが無い方法である。
あるいは、5%を徴収した金額を払うのは同じであるが、その前家賃を行使するときにはじめて5%を納税するという方法もある。
会計的には、前家賃を行使するときにはじめて経費として認識するので、後段の方が正しいと思われるが、実際には、5%を源泉徴収することを相手に伝えると、すぐに相手から源泉徴収票2307を要求されるため、個人的には、前段の方法による方法を取ることの方がよいのではないかと感じる。
しかしながら、アドバンス・レンタルを支払うのは、フィリピンに来てまだ間もない時であることが多く、源泉徴収の知識など無いに等しいであろう。そのため、契約書の額面通りにアドバンス・レンタルを支払ってしまう人がほとんどだ。源泉徴収は、税務調査での対象となることが多いため、神経質になったほうがよい。
FREE RENT 内装工事のための無料期間
契約開始時に、1ヶ月もしくは2ヶ月程度の、「家賃無料期間」を与えられることが多い。その期間を使って、必要な工事などを行ってください、というわけである。
その無料期間は契約期間に含まれているのか、もしくは無料期間が終わってから契約期間が開始するのかも、契約書でチェックしなければならない。無料期間が終わった時点から12ヶ月もしくは24ヶ月といった契約期間が開始する契約のほうが、借り手にとっては都合が良い。
CONSTRUCTION BOND 工事供託金
コンストラクション・ボンドとは、おおがかりな内装工事を行う際、ビル側に預ける供託金のことである。金額は、家賃の1ヶ月分とか、工事金額の10%という場合もある。
工事によってビル本体に損傷を与えたであるとか、工事業者がルールを守らない場合などはペナルティと称して、この供託金から差し引いていくのである。
工事が終了し、返金を受ける際にはビル側の審査があり、それをパスしないと返金しないという厳しいビルもある。
「市役所のオキュパンシー・パーミットを出せ」「電気のパネルをGE製のものに換えろ」というようなことを、工事を完了したあとで言われることがあり、なかなか気苦労が絶えない。
よって、コンストラクション・ボンドを払え、というようなビルに対しては、「工事が終わった後で、あれは駄目だ、これも換えろと言われてもかなわないから、ハウス・ルールを出せ」と言えばよい。コンストラクション・ボンドを徴収するようなビルは、たいていハウス・ルールと呼ばれる工事における内規を持っているので、それを出させればよい。
TAX 税金(VAT, EWT, DST)
賃貸契約にからむ税金は、VAT(付加価値税:12%)、EWT(拡大源泉徴収税)、DST(印紙税)、固定資産税の4つである。やや複雑で、契約書をよく読まないと、罠が仕掛けられているのに気づくことができない。
まず、VATであるが、そもそもVATを徴収できるのは、貸す側がVATを徴収することを認められた事業者のみである。つまり部屋を貸すことを事業として登録していて、VATを明記したオフィシャル・レシートを所持している事業者のみである。相手が個人で、しかもきちんと税務報告をしていないような場合は、オフィシャル・レシートはおろか。事業登録さえもしていない可能性がある。そういうところが貸し主である場合は、VATを支払う必要はない。
また契約書に記載された賃料が、VAT込みの金額なのかVAT抜きの金額なのかを確認する。
金額がVAT抜きであれば、その金額が家賃のベース金額(費用として計上する金額であり、源泉徴収額を計算するもとの金額)である。
金額がVAT込みである場合は、その金額を1.12で割ることによって、ベース金額を求めなくてはならない。オフィス街のビルであれば、VAT込みの金額を記載するところはほとんどないが、個人がやっているようなところでは、まだまだいい加減な契約書を出してくるところがあるので、要確認である。
借りる側がPEZA企業であればVATを支払わなくてよいので、non-VAT証明書をPEZAから入手でき次第、大家に提出し、VATを免除してもらうことができるので、ベース金額を意識することは重要だ。
次に源泉徴収(EWT:Expanded Withholding Tax)であるが、これはなかなか素直にいかない。
経理・税務の章で詳述するが、源泉徴収とは、支払うべき費用の一部を税務署に納め、相手にはその税務署に支払った金額を差し引いた金額だけを支払うというルールである。支払いを受ける方は、目減りした分しか受け取ることが出来ない。しかし、その目減りした分については、支払い者から源泉徴収票を発行してもらい、それを納税時に金券として使用できることになっている。
たとえば、オフィスの契約書に記載された賃料が、10万ペソ(VAT含まず)であったならば、オフィス賃料に対するEWTの率は5%であるので、10万ペソから5%を引いた、9万5千ペソを相手に支払えば良い。5千ペソは翌月10日に、1601Eというフォームとともに税務署へ支払わなければならない。
ここで問題なのは、「EWTの5%を引きます」ということを表明したとたんに、「それは困る。それなら5%を上乗せする」「5%はそっちで負担しろ」と言い出す大家が少なからずいるということである。オフィスビルの中には、分譲式のオフィスもあり、そういうところでは一部屋一部屋のオーナーが異なる。不動産屋が生業として貸しているところもあれば、単に財テクのために個人が所有しているところもある。中には経理のことをよくわからない人や、そもそも税務申告をしていない人がいる。そういう人は、正しく税務申告をしていないがために、5%を引かれると、引かれたままになってしまい、損をしたと感じるのである(実際は、5%の損をするのではなく自分の納税時に使えるのであるが)。
また、借りる側は貸す側のTINナンバーや氏名を申告フォームに記載するので、源泉徴収によって自分が納税していないことが発覚するのを恐れるオーナーもいる。特に住居のオーナーにはその傾向が強く、5%の源泉徴収を言い出したとたんに、「おまえには貸さない」と言われ、契約が流れてしまうことが多い。
オフィスの場合、5%の源泉徴収でもめてしまうようなオーナーとは、契約をしないほうが賢明である。これから先も、経理的な面でいろいろトラブルが発生する可能性がある。
それでも、どうしてもそのオフィスを借りたいと言う場合は、相手側の手取りが変わらないように、契約書を作り直すしかない。たとえば先の例で、相手が10万ペソを手取りで受け取りたいと言う場合は、10万ペソを0.95で割り105263.16という賃料に変更する(これをグロスアップという)。そうすると、5%の5263.16ペソは借りる側が税務署へ納付し、10万ペソがオーナーへ支払われることになり、オーナーは満足する。この場合、借りる側が経費として認識するのは、105263.16ペソである。
コンドミニアムの場合、大家は個人である場合と、法人である場合とがある、個人である場合、家賃収入を申告している人はほとんどいない。そのため、5%を源泉徴収すると言うと、それは大家側にとっては、すなわち5%の収入源を意味するため、同意してくれるケースは少ない。「税金は全て借りる側の負担とかいてあるのだから、それも借りる側が払ってくれ」と言うわけである。ここで正論を述べても、大家は「あなたには貸さない」と言うだけなので、前述のグロスアップなどの方法を用いて折り合いを付けるしかないだろう。
コンドミニアムの場合、契約書の借りる側の名前を、個人にするか会社にするかという判断も必要である。
契約書の名前を会社にする場合、経費を会社負担とすることができる。しかしながら、フィリピンでは役員などへの住居費の負担は、その個人への給与と見なされるため、諸手当税(フリンジベネフィット税)がかかってしまう。
例えば、10万ペソの賃貸契約を会社名義で結び、その全額を会社で負担したとする。
その家賃10万ペソの50%が給与相当と見なされる。役員は手取りで5万ペソの給与をもらったのと同じであるから、32%の最高税率で額面を逆算すると、5万÷0.68=73529.41が給与相当分となる。税務署に納めるべき諸手当税は、この額面の32%であるから、23529.41である。
10万ペソの家賃を会社が負担するだけで、23529.41ペソを税務署に払わなくてはならないのである。
このフリンジベネフィット税は、存在すら知らない人が多く、金額も小さくないため、会社で家賃を負担する場合は、最新の注意が必要である。
次は、DST(ドキュメンタリー・スタンプ・タックス:印紙税)であるが、これも忘れやすい税金である。オフィスの賃貸契約を結んだ場合、ノータライズを行った日の翌月5日までに税務署へ行って印紙税を支払わなくてはならない。ノータライズを30日に行ったとすると、翌月5日まではあまり日が無いため、注意が必要である。税額は1年分の家賃の0.2%と大きくはないのだが、これも1日遅れただけで最大45%のペナルティを請求されるので、注意しなければならない。
このDSTの費用を貸し手、借り手のどちらが負担するかも契約書には書かれていることが多く、普通は借りる側の負担である。
最後に固定資産税であるが、これは通常貸し主の負担である。ところが困ったことに、契約書にこっそりと「固定資産税は借り主の負担」と書いてくる大家がいる。固定資産税は契約書の後半に書かれていることが多く、かなり注意して読まないと、なかなか気づくことができない。固定資産税をこっそりと借り主に負担させようとする大家は、意地が悪く将来のトラブルのもとになるので、私ならその条項を見ただけで契約をする気にはなれない。
PRE TERMINATION CLAUSE 途中解約の場合の罰則
中途解約をした場合の取り決めも重要である。
通常はセキュリティー・デポジットの没収であるが、それ以外に没収されるものがないかどうかをよく読んだ方が良い。時には、払いこんだアドバンス・レンタルまで没収と書かれていることがある。あるいは、「先に渡してある小切手は全部没収」と書かれていることもある。その場合、渡してある先日付小切手を全て没収されるという解釈も成り立つため、そのまま署名をするのは危険である。
もし、うっかり署名をしてしまい、先日付小切手も没収されたとしたら、銀行に連絡をし、それらの小切手が落ちないようにストップをかける必要がある。
このように賃貸契約書には、知っておかなくてはならないことがあまりに多く、フィリピンに来たばかりの人には理解しづらい部分が多い。契約に際しては、ぜひ、日本人の不動産屋やコンサルタントに依頼して、契約に立ち会ってもらうべきである。