フィリピンはご存じのように人件費が5分の1から10分の1で、依然として低水準ではありますが、日本では発生しなかったコストが発生することがあります。フィリピンにいままで縁の無かった人は、これらのことを頭に入れておく必要があるでしょう。
- 日本で事業を行うよりも、多くの人員を確保する必要があります。例えば、事務員は車の運転が出来ず、運転手は銀行との取引方法を知らないため、2人をセットにしてようやく1つの仕事が終わります。
- 社員は会社を休むことが多いため、業務を確実に終わらせるには、突然の欠勤があっても業務に支障が出ないように、多めの人員を確保しておく必要があります。
- 事務処理が煩雑で、外部の機関を何往復もしなければならないことがあります。また、公的機関の窓口には多くの人が並びますので、窓口に並ぶためだけのメッセンジャー的な社員を確保しておく必要があります。
年に1度の営業許可の更新時は、1つの窓口に数十人が並びます。 - また単に連絡を取るだけでも、数回にわたって何度も電話をかけたりメールを送ったりしなければならないなど、単純な連絡でさえ簡単ではないことがあります。
- 正しい情報を集めるのが容易ではないため、日本で事業を行うときには必要がなかった外部スタッフ(会計士、弁護士、コンサルタントなど)と複数の契約をして、なるべく正しい情報を集める必要があります。
最近ではAIでかなり正確な情報を集められるようにはなりましたが、それでも依然として不確かさは排除できません。 - 電子機器やインターネット回線など、1つに不具合が出ても事業に影響が出ないように、全てのインフラに関して予備を確保しておく必要があります。
- 電気料金が日本よりも高額です。
- 非効率な仕事のやり方を続けても、ローカル社員みずからが改善・工夫をおこなって効率化をすることが無いため、経営者が気づかない限り、永遠と非効率な方法を続けることになり、時間がかかっている割に成果品が少ない、ということが起きます。
- 社員の不正を監視するために、ガードマンを雇ったり、入り口にパスワード付きの鍵を設けたり、監視カメラを設置したり、高価な部品を別室で保管したりなどの管理コストが発生します。
- 成果品の品質が低いため、成果品を維持するために多くの日本人技術者を派遣しなければならないことがあります。立ち上げ時だけならまだしも、教育やマネジメントに失敗すると、いつまで経っても日本人の数を減らすことが出来なくなり、コスト削減につながりません。
日本から進出してくる経営者の中には、こういったコストを想定していないため、「なぜ人件費が5分の1なのに、コストが半分にもならないのか、おかしいではないか」とおっしゃる方もいます。単純人件費の差だけに注目しがちですが、実際には上記のような部分で膨大なコストが発生するため、コスト削減効果は50%もあれば上出来でしょう。
あっという間になくなる資金
フィリピンでは公的機関への支払い・届けなどの期限に遅れると、ペナルティを課されるのが一般的です。これが低い金額ではなく、けっこうな高い率が設定されています。
例えば、税務署では支払いに1日遅れれば、その納税額に応じて数万円の罰金およびコンプロマイズ・ペナルティと称するもう1つの罰金25%とで、少なくない額を、本来の支払額に加算しなければなりません。日本では、納税期限は非常にゆるく、1,2週間遅れても追徴されることはありませんが、フィリピンでは1日の猶予もありません。
就労許可の更新は1日遅れただけで2万ペソの罰金を支払わねばなりません。これもたった1日の遅延で、です。
銀行では、振出した小切手が残高不足のため落ちなければ、5,000ペソ程度の手数料を徴収されます。
家賃の支払いに遅れれば、月2%程度の利子を請求されます。
社会保障事務所への支払いも同様で、遅延により利子が必ず請求されます。
ありとあらゆるところにペナルティが設定されているため、公的機関への支払い期限を厳守することが原則で、気を抜くことが許されません。
例えば家賃のデポジットやアドバンス・レンタルのように、数ヶ月も前に取り決め・支払いしたようなものは、きちんと記録をチェックする必要があります。
これら公的機関の締め切りや民間の支払いに対し、多くの社員はあまり神経をとがらせていないのが普通です。
会計士などへのフォローアップもしつこくフォローアップし続けるというよりも、一度フォローアップしたら、あとはじっと待つだけという社員の方が多いです。調べてみたら、過去数年分の決算報告書がSECへ提出されていなかった、などというのはよくある話です。
一般的に、自分の会社の社員も相手の取引先も、こちら側の利益にはほとんど興味がなく、ピリピリしているのは経営者本人だけです。
日本では、自分が気をつけていなくても、公的機関の方から丁寧に「通知」が入るので、「通知」が来なければ大丈夫だろう、と思ってしまう方が多いですが、フィリピンでは、公的機関から「通知」が来たときはすでにペナルティが確定しているときです。
経営する側が気を抜いてしまうと、どんどん余計な経費がかかってしまい、収支が悪くなります。その様は、あたかも手のひらの砂が、ぼろぼろとこぼれ落ちるかのようです。
フィリピンで事業を行うと、何年経っても、どんなにうまくマネジメントをやったとしても、これらの確認とフォローアップを、フィリピン人社員だけで完全にできるようになる日はなかなか来ません。
目が届かない部分から、必ず崩れていくため、何年経っても、肝心な部分は日本人が確認とフォローアップを行わなければなりません。
手放しのマネジメントなどを目指すのではなく、最初からそういうものなのだと言うことを認識して事業を組み立てるべきなのです。
コスト削減よりもマンパワーの確保
最近の傾向としては、最初からコスト削減のためにフィリピンに進出するのではなく、日本では確保するのが難しいマンパワーを確保しておくためにフィリピンに拠点を設けている企業が多いようです。
ゲームやソフトウェアの開発業務、私がやっていたような建築図面の制作業務などは、日本で労働力をまとまった数を確保するのは年々、困難になってきています。専門学校を出てせっかく専門知識を学んでも、なかなか安定した正社員になれないため、それらの分野への希望者が減っています。雇用側からみても、受注を安定して確保できない状況下で、多くの正社員を確保するのは、経営的に困難です。
そこで、こういったフィリピンなどに、多くの人員を確保しておき、いざ大規模案件が来たときにでも対応が出来るようにしておきたい、と考える企業が増えてきています。
結局は、労働力が安価であるからできることなのですが、若干、意味合いが変わりつつあるようです。
急いでいるのはあなただけ
内装工事、許認可、電話回線の設置など、外部との取引を完了させるには、たいへんな時間がかかるのが普通です。
共通して言えるのが、どんなにこちら側が急いでいて、それを再三に渡って相手に伝えたところで、進み具合が早くなることはほとんどないということえです。「急いでいる」というこちらの事情は、あくまでこちらの事情であって、相手の事情ではありません。相手にとっては、急いでやっても普通にやっても、得られる代金は同じであり、そもそも、何かを犠牲にしてまで急いでやる理由が無いのです。
そもそも、フィリピンには、相手に急かされて緊急対応をするというのは、基本的に落ち度があると思っているときだけで、「落ち度もないのに相手の緊急要請に応じる必要はない」と考えるのが自然です。相手の要請に応じることが屈服と感じる取引先も多いでしょう。
同様に、いくら「予算が少ないので、安くしたい。」と伝えても、何かの費用が下がることは、ほぼありません。
これも先程と同様で、ディスカウント交渉に対応するのはある意味「屈服」と感じるらしく、「仕事が取れなくても俺はこの値段でいいんだ」と考える業者は多いです。
特に、大金を使って内装工事をすでに施してしまったあとの契約更新の時の賃料交渉なども、有利な契約に持っていくことは困難です。
「賃料を○○にしてくれなければ、出て行く」と言ったところで、「どうぞ出て行ってください」という返事が返ってくるだけでしょう。
また日本で常套句となっている「○○にしてくれれば、次の仕事も依頼する」というような、ニンジン作戦も、ここフィリピンでは、ほとんど効果がありません。
このあたりの商習慣は、日本のビジネスマンは面食らうところでしょう。
急いでいるのはあなただけ。安く済ませたいのもあなただけ。従業員も含め、会社の利益を真剣に考えているのは、経営者1人であり、他の誰もが、会社の利益などには基本的に全く興味が無いということを忘れてはならなりません。
税務調査
そして近年、非常に大きな問題となっているのが税務調査です。
詳しくは税金の項を参照していただくとして、一旦税務調査が入れば無傷ではすみません。
フィリピンでは立証責任は納税者側にあるので、税務署は極端な計算書を提示し、それに対し一つ一つ証拠と共に反論を用意する必要があります。
杜撰な経理処理が、結果として事業閉鎖につながることも十分ありえます。
トラブルの根本的な原因は何か
フィリピンと日本を比較して、いったい何がそもそも違うのでしょうか。
- 「国民は偽造や不正をするものである」という徹底的な性悪説に基づいているため、何事においても2重3重の証憑を求められ、結果として事務手続き処理が極めて煩雑です。煩雑になればなるほど、それをスキップしようと、新たな不正を誘発するため、さらに厳格化=煩雑化するという悪循環に陥っています。
- 銀行の取引履歴には、入金者の名前が未だに表示されません。このことが経理処理をかなり煩雑にしています。支払う方はこちらが把握しているので問題ありませんが、入金は一体誰からの入金なのか、なんの請求書に対する入金なのかを解明するには、かなりのパワーを要します。
- 信用経済が全く発達していないため、基本的に契約書の締結と現金取引が基本です。そのためごく少額の取引であっても、日本の数倍の手間がかかります。
- フィリピン人同士のコミュニケーションの精度が非常に低いです。経営者が本当に知りたいことを、理解せぬままどこかへ問い合わせをしたり、事態をよく理解していない者同士が調整をし合ったり、憶測や噂話をあたかも事実であるかのように話すため、いつまでたっても欲しい情報が手に入らなかったり、事態が解決に向かわなかったりします。
- フィリピン人の日常業務の精度が低いことがあります。すぐに連絡が取れなくなる、メールのアドレスを間違える、金額を間違える、約束した日に支払いや納品をしない、予定をすっぽかす、社員の欠勤・不在・退職が多い、1度のメールで必要なことを全て書かずに用件を小出しにする、などが原因で、簡単な取引が思うように進まないことがあります。もちろん全員が全員、そういうわけではありません。
伝言を正確に伝えたり、リターンコールをしたり、メールを受領した返事をするといった、ビジネス上の基本的な習慣が確立されていないように見えます。答えたくないメールには返事をしない、電話にも出ないというように、無視を決め込むのが習慣となっているため、一旦、外部とトラブルになると解決することは容易ではありません。 - 社会システムが複雑で洗練されておらず、かつ熟知している人間がほとんどいないため、正しい情報を集めることが難しいです。10人に何かを聞けば、10人とも違う答えを返すのが普通です。かといって、当局に直接問い合わせてもさほど事態は変わらず、やはりいろいろな答えが返ってきます。その反面、社会全体のシステムが、厳格です。Aの許認可を取るにはBの許認可を先に取得する必要があり、そのためにはCの許認可を取得する必要がある、というように、全て許認可が絡み合っています。従って、何か重要な許認可が欠落したまま事業を継続するのは困難なシステムとなっています。
- インターネット回線や公的機関のWEBサイトが脆弱で、役所・民間ともにシステムがダウンすることが多いです。
- パソコン、サーバー、プリンターなどの一般的な電子機器でさえ在庫や取扱品目が限られており、欲しいものが、思うように手に入りません。あったとしても値段が高いです。
- 工事等の品質が低く、指示・確認等に手間を要するだけでなく、完成したものは耐久性が低く、長持ちしません。当初から耐久性を考慮した設計、施工がなされません。