部下に上司を評価させよう

この記事は2003年頃(35歳のとき)に書いたものの転載です。物価、社会情勢等は当時のままですのでご了承ください。

「逆評価」とは文字通り、部下が上司を評価することである。私達はこれを、「カウンター・エバルエーション」と呼んでいる。
具体的には、このように行う。
・逆評価を行う時期は、通常の上司→部下の評価をやる時と同時。
・1名のリーダーの下に10人の部下がいるとしたら、そのリーダーは10名の部下から評価を受ける。
・記名はしない。誰が書いたか絶対にわからないようにするために、手書きよりも、フロッピーディスクを介して電子化した方が従業員のためである。
・誰が書いたか、は我々日本人にも最後までわからない。(でも、大体予想がついてしまう)
・日本人も全スタッフから逆評価を受ける。←これがミソ
・逆評価の内容は、本人に渡すが、あまりに内容が激しい時は見せない。
・日本人が複数いる場合は、全員の逆評価を見られるのは社長のみ。
・何を書いても良くて、書いたことによる給与への影響は一切ない。
私は立ち上げ時にこの方法を数回行い、たいへんよかったと思っている。
組織にガタがきたな、と思ったときに行うと、大変大きな効果を発揮するので、おすすめである。

基本的にフィリピンは大変ヒエラルキーの強い社会なので、下のものが上の者を無記名で評価したり、告発する機会を与えるなどというのは、フィリピン人から見れば言語道断、通常ではありえないことである。
ポジションの高い者はおそらく最初はなんだかんだと反対するであろう。普段、自分が部下をどのように扱っているかが、トップにつつぬけになるからである。逆に下の者は、こんな機会はめったにないから、例外なく全員が喜ぶ。
ここで日本人は、2つの決意をする。
まず、どんなにリーダー格のフィリピン人が反対しようとも、断固として行うこと。
そして、日本人も逆評価を受けることとし、どんなことを書かれても、それを認めるという決意をする。50人の会社でやれば、50人から評価を受けるわけだから、もう、ドキドキものである。私の場合、印刷した紙を家に持って帰って、こっそり読んだ。こんな気持ちは小学校の通知表以来だ。

さて、実際にやってみると、出るわ出るわ、内部のごたごた。ちいさなことから、大きなことまで、到底日本人にはわからないようなことが、あぶりだされてくる。
フィリピン人の部下がフィリピン人の上司に書く内容として、いくつか例を挙げてみる。

  • 誰々は、ひいきばかりする。
  • 誰々は、人のいないところで悪口ばかり言う。
  • 誰々は、仕事の分配が不公平である。
  • 誰々は、分からないことがあったら日本人に聞けばいいのに、なかなか聞いてくれないので仕事が進まない。
  • 誰々は、分からないことを、いつでも親切に教えてくれる。
  • 誰々は、最高のリーダーだ。同じチームでずっと働きたい。
  • 誰々は、人に仕事をやらせるばかりで、あまり仕事をしていない。
  • 誰々は、難しい仕事ばかり人にやらせて自分は簡単なことばかりやる。

こんなようなことである。これによると、フィリピン人の末端のスタッフが最も重要視していることは
第1に公平かどうか
第2に教えてくれるかどうか。
であることが分かる。この2点を満たせば、まずはリーダー合格といえる。

さて肝心の、日本人への逆評価では、どのようなことが書かれるか。私の場合、ほぼ全員に同じようなことを書かれてしまった。
・とにかく短気。すぐカッとならずに落ち着いて欲しい。自分が出来ることを人にもやらせようとしすぎだ。もうすこし長い眼で見て欲しい。
・日本語や建築のことを講習で教えてくれてありがとう。
・勤務中のジョークが面白いので、仕事の緊張が和らぐ。(私のジョークは本当に面白いです)
・近寄りやすい。
・どうすれば会社が良くなるかを常に考えている。
私は、非常に気が短いので予想はしていたが、ほぼ全員が「短気はやめてくれ」と書いた。私はこれでもなんとかフィリピンで生き延びてはいるが、定石的には短気はやめたほうが良いといえる。でも、これにもいろいろあって、個人的には「恨みを伴わなければ、叱責による恐怖は効果がある」と思っている。これについてはまたいつか。
また、講習会などで、何かを教えると彼らは後々まで、そのことに感謝するという傾向がある。これもフィリピンでの非常に大切なポイントである。
また、ユーモアがあると非常に喜ばれる。日本人は普通、無表情でむっつりしていて、とっつきにくいが、それは、フィリピンでは全くダメ。威厳も大事だが、ユーモアも大切である。50:50というところだろうか。人々が話しかけやすい、ということはそれだけいろいろな意見が集まるということだから、組織運営上、極めて大切なことである。

この逆評価を実行すると、すーっと潮が引くように組織のガタが治る。「なんか、スタッフがいろいろ不満を持っているみたいなんだよな 」という所は騙されたと思って、やってみていただきたい。たった1日で変化が現れる。
そして、フィリピン人がいかに上司である日本人を、じっくりと観察しているかに驚くことであろう。その観察力にはこっちが寒気を感じるほどである。その視線の鋭さは、まるで船の乗客が、船長に向かって「頼むぜ、船頭」という思いで見つめるのに似ている。