いい加減に見えて複雑に絡み合った許認可システム

厳格で官僚的なフィリピンの許認可

「何でもアリの国だから、役所の許認可など、金を渡せばどうにでもなる」と考えてフィリピンに来る日本人は多いです。これはとんでもない間違いです。
フィリピンの許認可のシステムは、いい加減なように見えて厳格で官僚的です。

  1. 許認可同士の絡みが複雑です。
    Aを取得するにはBを取得するにはCが必要、というように絡みあうことが多い。

  2.  人によって、また時によって手続きが変わります。
    「人によって言うことがバラバラ」というのは日本人が共通して感じる感想です。税務署や役所の人間でさえ、聞くたびに言うことが変わります。場所によってやり方が違うということが頻繁に起こります。

  3. どんな許認可でも、フォーマットがたびたび変更になり、古いフォーマットだとまず受理されません。
    最新のフォーマットがウェブサイトに載っているかというと、そのようなことは滅多になく、窓口まで言って直接、問い合わせなくては手に入りません。そのため多くの場合、提出して初めてフォーマットに変更があったことを知ります。

  4. 署名があるか、訂正した部分にも署名があるか、日付に矛盾がないか、住所が食い違っていないか、名前のスペルが正しいかどうか、本物であるかどうかといった点に厳格である。

  5. 書類がそろっていることが重要で、中身をそれほど詳しく審査しない傾向があります。ただし、前述の、食い違いや誤記については非常に厳格です。

  6. 用紙がヨレヨレだろうが、印刷が不鮮明でみづらかろうが、用紙のサイズがバラバラであろうが、そういう体裁には全くと言っていいほどこだわりません。つまり、ありさえすれば受理され、受理しさえすればほぼ通りますが、受理されるまでがひと苦労といえます。

このようなことから、フィリピンでは、「書類が受理され、申請料の支払いの段階に進んだ」ということは、ほぼ「許認可が降りた」と同義となります。

たとえば労働ビザの申請を例にしてみると、ビザの申請にはビジネス・パーミット、登記書、前年度の会計報告、納税証明書が必要で、会計報告を出すには、税務署の印が押された納税時の書類が必要です。
納税をするにはビジネス・パーミットや法人登記が必要で、ビジネス・パーミットを取得するには、賃貸契約書や登記書類が必要で、地域によっては社会保障事務所への登録も必要です。
法人登記をするには納税者番号が必要、というようにぐるぐると複雑に、すべての許認可がつながっています。

許認可の申請書には、ほぼすべての書類に代表者もしくは書記役の署名が必要で、ちょっと文字を訂正するだけで、カウンターサイン(日本でいう訂正印にたる署名)をとってこいといわれます。
登記書のコピーを持って来いと言われて、オフィスのコピー機などで登記書をコピーしたものを持っていくと、「正式な写しでなければだめだ」と言われ、SECまで正式なコピーを取りにいかなければならない場合もあります。

役所の都合で申請書のフォーマットが変わり、すべての署名を取り直さなければならないこともあります。

エンジニアなどの専門職は、署名のほかに、紙に陰影をつけるシールというものが必要で、偽の署名を防止するような仕組になっています。それだけではまだ不十分で、ライセンスのコピー、さらにライセンスを更新したときに、役所に更新料を支払ったときに当局が発行したレシートのコピーまで添付させられます。
役所へ費用を支払ったときのレシート(オフィシャル・レシート)は提示を求められることが多いため、レシートの類は一切捨ててはなりません。全てがこういった調子なので、会社に保管しなければならない書類は膨大になり、それらを適切にファイリングするスタッフが必要になります。

許認可どうしの絡みが多いため、1つの許認可を取得せずに事業を始めてしまうと、ほかの許認可を取るときに必ず手詰まりとなります。このあたりのシステムは、洗練されてはいないにせよ、実によくできています。
結局、時間がかかっても、必要な許認可を1つ1つ、辛抱強く取っていかなければならない仕組みになっています。

必要な許認可を取得しないで事業をすることに対しては、役所から実力行使が行われます。
「必要な許認可が無いまま事業を行った」というのは、「許認可を取得はしているけれど、期限切れなどの違反をしてしまった」、という場合に比較して、ペナルティは大きいです。
税務署登録をしていなければ税務署が、建築確認申請を取得していなければ市役所が、ビザを取得していなければイミグレーションが、実際に事業をしている場所にやって来て、事業所の閉鎖(鎖と南京錠で扉をロックする)や、工事の中止、代表者の身柄拘束など行います。
日本では、こういった役所が実力行使をすることはめったにありませんが、フィリピンでは普通に行われます。
役所を怒らせると、大変なことになるのです。

必要な許認可を取得していなければ、弁護士やコネクションのある人物でさえ、弁護をすることが難しくなり、現金を積む以外に解決策は無くなってしまいます。このような理由から、「とにかく必要なものは、内容はどうであれ取得しておかなければならない」、ということになります。

フィリピンで事業を行う際は、いろいろなフィリピン人が言うであろう、「ダイジョウブ、ダイジョウブ、市役所に知り合いがいるからダイジョウブ」という言葉を鵜呑みにせず、一つ一つの許認可を神経質なくらいに、まじめに取得するのが、結局は早道なのです。

手続きを熟知しているフィリピン人はほとんどいない

ビジネスをするのにどんな手続きが必要かを熟知しているフィリピン人はほとんどいません。
弁護士、会計士であっても、許認可全体の仕組みを、俯瞰的、体系的に理解している人はほとんどいません。
自分の持ち場以外は、全くといって知識がないため、自分の仕事が終わり、支払いが終ると、「ここから先は私の業務範囲ではない。」と、放り出してしまうのです。

弁護士は会社の登記については知っているが、PEZA申請については知りません。
会計士は税金の支払いについては知っているが、内装工事に必要な許認可については知りません。
個人事業しかやったことないフィリピン人は、それしか知らないため個人事業の形式を勧めてきます。
という具合です。誰もが、一度やったことがあることを繰り返しやりたがります。

こういった理由から、フィリピンにおける事業のことを、フィリピン人にきくのは、あまりお勧めしません。こういったことは、日本人コンサルタントに聞いた方が、遥かに正確でしょう。

日本人は、全てのことをあらかじめ調べ、分からない事があれば分かるまで解明する国民性であるため、日本人コンサルタントの方が、フィリピン人弁護士・会計士よりも数倍の知識・経験があると言って良いでしょう。

相互監視システム

会社の設立や進出支援をしていると、時折、本来禁止されている事業をどうにかやりたいという依頼があります。会社を設立する時に、事業の目的として、本来の事業内容を書くと規制対象となってしまうため、はっきりとは書かずに設立してしまいたい、と考える方がいます。
実際にうまく書き方をごまかして会社を設立してしまうことは可能です。ビジネスパーミットの取得もできるでしょう。

あるいは、本来必要な許認可を取得せずに事業をすすめたいと考える方もいます。

しかしながら、同業者や取引先の目をごまかすことはここフィリピンでは非常に難しいです。

競争が熾烈になり、顧客の奪い合いや価格競争になってきたときに、競争相手の法的不備を探すという行動は、フィリピンでは普通に見られます。常に相手の会社に法的瑕疵がないかに目を光らせています。それは日本の比ではありません。

「あの会社は外国の会社なのに、この事業をやっているのはおかしい。」
「俺たちは苦労をしてこの許認可を取ったのに、あそこは無許可でやっている。でなければあのような価格でできるはずがない。」
「その業者は○○税を払っていないに違いない。でなければあのような価格でできるはずがない。」
というような目で競争相手を見ています。
競合の企業が、一般客のふりをしてサービスを購入し、請求書やレシートなどの不備をみつけようとすることもあるでしょう。

また、取引先から、本来取得すべき許認可の提示を求められることも少なくありません。

相手が、何らかの法的瑕疵を発見した場合、すぐに告発行為に出ることは無いかもしれませんが、直接的な顧客の奪い合いや、あからさまな広告合戦などをきっかけに、告発行為につながる可能性は高いです。こういった組織防衛上の観点からも、必要な許認可を取得することは、経営を続けていく上で、優先度が高いのです。たとえその時はうまく行っていても、そう遠くない将来にほころびが出るため、決して省略をしてはなりません。