幸せな従業員のみが会社に利益をもたらす

この記事は2003年頃(35歳のとき)に書いたものの転載です。物価、社会情勢等は当時のままですのでご了承ください。

●先日、『この国はチームワーク』と題して、チームワークを醸成することがこの国での成功の鍵ではないか、と言うようなことを書いた。
私は、先日、自分が受け持つ部門の「3つの運営方針」を定めた。その第1番目が、この「チームワーク」だ。他の2つは、以下である。

  1. チームワーク
  2. 従業員及びその家族の幸せと健康
  3. 顧客満足=品質 X スピード

●今回は、この2番目の運営方針、「従業員の幸せ、家族の幸せ」についてだ。
まず最初に、こういう理念は非常に抽象的である。
そして、言うのはとても簡単。大切なのは、いかに具体例をくっつけるかだ。
例えば、「火の用心」と叫んだところで、何をどうすればいいのかを言わなければ、何も行動することが出来ない。立派な理念だけを掲げても何の意味も無い。
スタッフには、私はこのように具体例をあげて説明した。
「いいかお前ら。
どんなに仕事が忙しくても、子供が病気なら飛んで家に帰れ。
奥さんが病気なら、会社を休め。
誰かが外国から帰ってくるなら、早退して迎えに行け。
残業のしすぎで家族の顔をみられないということが無いように注意しろ。
おまえらが健康でいることが家族の幸せ。
健康管理に気をつけて、無理をしないこと。
会社の仕事なんて、そんなに大切じゃない。
家族が病気なら締め切りなんてほうっておけ。誰かがカバーするから。
従業員が不幸なら、会社などやっている意味が無い。」

●「従業員の幸せが第一」などという夢のようなことを言われた従業員は、「え、本当?」と目を丸くする。
「従業員の幸せが第一」という言葉は、実は、大変に勇気のいる言葉だ。
ともすれば従業員に逆手に取られ、「従業員優先と書いてあるじゃないか、おれは疲れた、だからおれはもう帰る。」「給料がないと幸せになれない。だから給料を上げろ」などと言われかねない。
であるから、従業員と会社との関係がまだ未熟な会社では、こういう理念は危険と言わざるを得ない。

●「本当に従業員優先と思っているのか?」といわれそうだが、私は本当にそのように思っている。

  1. 第1の理由は、「幸せな従業員のみが会社に利益をもたらす」から
  2. 第2の理由は、「従業員が幸せなとき、その従業員を管理する手間がゼロになる」からである。

例えば、10支払うべき給料を、ケチって8のみで済ませたとする。
従業員は常に不足感と不満を感じる。
仕事のパフォーマンスは8ではなく、7に落ちる。
また、少しでも手取りを多くしようと、ダラダラ残業をする。あるいはタイムカードをズルしようなどとたくらむ。すると、これを防ぐために残業管理や出退勤管理を厳しく行う必要が出てくる。
オフィスの備品がほったらかしになっていると、黙って持って帰ってしまう。
それを防ぐために全部、台帳などで管理する必要が出てくる。
まさに貧すれば鈍するという感じだ。管理する項目があれよあれよという間に増えていき、あっという間に書類とパスワードだらけだ。
こうなったらもうドツボだ。経営者型ではなく管理者型の人はよくこのドツボにはまる。あるいは中国系の経営者に多い。
別の例でいえば、メイドに5,000払うところ、3,000ペソのメイドを見つけて、「あー得をした」と喜ぶ。ところがそのメイドは回りに比べて自分の給料が低いことに気づき、3ヶ月で辞める。また、しょっちゅう家の物をくすねる。だからそういう人は3ヶ月ごとにメイドを探す。これもドツボだ。
ところが、10支払うべきところを12払ったとする。するとフィリピン人は私の印象では14くらいの働きをする。これだけでもう単価あたりのパフォーマンスは17%アップである。損して得取れ、というわけだ。(もちろんお金だけではなく、適切なモチベーションを与えてやることは言うまでも無い。)
パフォーマンスが上がるのと同時に、ずる賢い、セコいことを全くしなくなる。
これにより管理の手間が格段に減る。このコスト及び心労削減効果たるや絶大だ。
パフォーマンスが上がり管理コストが減れば会社の業績が上がり、さらに従業員が幸せになるという、絵に書いたような上昇スパイラルも夢ではないと思う。
ましてや、企業の子会社ならある程度の体力もあるので、12を出すくらいのリスクな負うことが出来るだろう。
以上が、「まずなによりも従業員を幸せにさせておきたい」と思う理由だ。

●フィリピンのローカル企業で、従業員の幸せ優先などというとんでもないことを言う会社はまず無い。
ローカル企業では、愚かな従業員から絞るだけ搾り取って、「イヤなら辞め
ろ」こういうところがほとんどだ。
「半年経つと自動的に正社員」
「正社員になると解雇できない」
といった、労働者に偏ったフィリピンの労働法は、こういうひどいローカル企
業が多いからこそ、労働者を守るためにできた法律なのであって、一般的に従
業員に手厚いと言われる日系企業には、およそ必要の無い法律である。

●ところで、「会社の経営方針は?」と聞かれて、「そりゃあ、会社の利益」
に決まっているだろう」と答える人は、実は多いのではないかと思う。そして
年配の人ほど、そのように思っているのではないだろうか。
実は私もここへ来て2年くらいはそう思っていた。会社の不利益になる人物は排除すべきだし、会社の不利益になる行動は厳しくとがめるべきだと思っていた。
ところが世界の傑出した企業のなかで「会社の利益」を経営理念にうたっている企業は存在しない。ソニーやIBM、松下の経営理念を見れば分かる。
あるのは、「顧客の満足」「従業員の幸せ」「社会貢献」「世の中に夢を与える」といった言葉の連続である。
つまり利益は、利益だけを追いかけると逃げていくが、「顧客や従業員の笑顔」には集まってくるということだろうか。
そんなことあたりまえじゃん、と言われそうだが、いざ社長の椅子に座ったときに、実践できる人は何人いるだろうか。

【後日談】
運営方針2番目の「従業員の幸せ」
これは相当インパクトがあったらしく、パソコンの前に私が作った方針3か条を貼って、なぜかこの2番だけ蛍光ペンで塗っているスタッフがいた。
それを見て、ちょっとドキっとした。