右手と左手

この記事は2003年頃(35歳のとき)に書いたものの転載です。物価、社会情勢等は当時のままですのでご了承ください。

●「フィリピン人は右手ばっかりに興味を持つが、なかなか左手に興味を持たない。左手こそが重要なんだ」
と語ってくれたのは在フィリピンのある日系企業の社長だ。

●ここでいう右手とは、「技術、知識、経験」。
ここでいう左手とは、「きちんとコミュニケーションをとる」とか「部下を教育する」とか「上司の言うことを謙虚に聞く」といったことだ。
「大きな右手は、大きな左手の上にしか育たない」
わたしはこの社長の言葉にえらく感銘を受けた。
多分同じことをなんとなく感じている人はいるのだろうと思うが、「右手と左手」というきわめてわかりやすいキーワードを使って、非常に重要なツボを説明しきっているところがすごい。
わかりやすい言葉は、人に伝えやすいので、後世まで残るのだ。

●この言葉を聞いた翌日は、ちょうどわたしの部署で4人の新入社員がプロベとして本配属になる日だった。
単純な私は、「これはちょうどいい」と思い、この「右手と左手」の絵を紙に印刷して、新入社員たちを別室に集めて説明をした。
「みなさん、2週間の研修お疲れ様でした。
 さて、この紙には右手と左手の絵が書いてあります。
 君たちがこの2週間の研修で学んだことは、全部、右手に関することです。
 しかし私たちの会社は、残念ながらあなた方の右手には何の興味もありません。私たちの関心ごとは左手です。
左手とは何かというと、ここにも書いてあるとおり、
  言い訳をするな
  人のせいにするな
  意味がわからなければ質問せよ
  意味のわからないまま線を引くな
  チームワークを保て
 こういうことです。
 半年後に大きな左手を見せてください。
 左手が小さい人は、すぐにここから出て行ってもらいます。
 出口はいつでも開いています」
ちょっとかっこよすぎたか、思ったりもしたが、4人ともポカーンと聞いていた。

●駐在員を日本から派遣するとき、日本の人はいつも「右手」ばかりに着目する。
というよりも「左手」を現地の人に教えなければならないという概念自体が存在しない。日本側にいる人は、”駐在員とは、小学校の先生みたいなことをやらなければならない”なんて誰も思っていない。
私だって、よもや「左手」を教えなければならない立場になろうとは夢にも思わなかった。なにせ、日本では施主の前で図面を丸めて、出入り禁止になったくらいに態度の悪い社会人だった。
しかしフィリピンに来た以上、必ず日本人はこの「左手」を教えなくてはならない時期に直面するはずだ。

●そういえば過去にこのメルマガで「性格の良いCクラスは組織に置いておけ」と書いたことがあるのだが、この言葉を使って言い換えると、「いい左手を持っているやつはとりあえず置いておけ」となる。
企業文化とか、「トヨタのDNA」「ソニーのDNA」などという言葉があるが、これも全部簡単に言えば、『左手』といえるのではないだろうか。