従業員から書面での説明要求を受け取った

この記事は2003年頃(35歳のとき)に書いたものの転載です。物価、社会情勢等は当時のままですのでご了承ください。

●ふだんは明るく気さくなフィリピン人であるが、時には大まじめでレターを書いて私達に提出してくる時がある。
自分あてのレターを受け取るというのは、けっこう恐ろしいものだ。

●よくあるレターが
「何月何日をもって辞職いたします。今までありがとうございました。」
「お金を貸してください。理由は家族がコレコレの病気だからです。」
という2種類だ。
しかし今日、私が受け取ったのは、
「解雇される理由について、今一度あなたに説明を求めます」
というものだった。
こいつはかなりシビレる。

●先日、試用期間中の4名のうちの1名に対し、「試用期間を延長しない旨」を伝えた。試用期間を延長しないというのは、すなわち正社員としてあなたを雇いません、ということだ。
私達の会社では、半年の試用期間後は全員正社員にしているので、試用期間後に解雇するのは非常に稀なことだ。
過去には立上げのころに、3人いっぺんに、正社員にせず解雇したことがある。そのときは前触れも無く会議室でいきなり「解雇通知」を出し、その場でサインさせた。理由は「基準に満たない」の一点である。
しかしこの方法はしこりを残すのであまり好きではない。
解雇された方は、2度と会社に寄り付かない。
結果的には何も起きなかったが、タチの悪いやつだと、なにか嫌がらせをする
可能性もある。

●今回取った方法は、6ヶ月の期間満了の30日前にあたる日に
「申し訳ないが、あなたのパフォーマンスは我々の求めるものよりも低い。なので、30日後にあなた正社員にすることができない。いまから別の会社を探してくれ。」
と伝え、依願退職させるというものだ。このようにすれば、メンツが保たれるので、しこりを残すことが少ないと考えたからだ。会社を去った後も、堂々と友達に会いに遊びに来ることができる(これはけっこう大切なことである)。
会議室で私と、ローカルマネジャーと本人の3人でこの旨を伝え、その時は
「はい、わかりました」
で終わった。ほう、簡単に終わってよかった、と思ったのだが、本人はいろいろ後で考え、疑問が沸いてきたのだろう。数日後に私に渡された辞表には、箇条書きでこのように書き沿えてあった。
  1:スピードが遅いということですが、最初に配属になったチームのリーダーからはそのようなことを説明されたことは一度もありません。
  2:残業を嫌がると指摘されましたが、日曜日以外はどんな残業も厭わないので、この指摘は間違っています。
  3:現在のチームメートとはうまくやっており・・・(途中意味不明)
つまり一言で言えば、「辞職をしますが、あなたに説明を求めます」

●このようなレターは、そうそう受け取る機会が無いので、私自身、正しい対処方法というのはよくわからない。ただ、直感的に思ったのは、
  1:こういう問題の対処方法を誤ると、かなり危険
  2:逃げずに相手と正面からぶつかる。(代理にやらせない)
  3:すぐに対応する。
  4:相手が求めているのは説得ではなく納得。
というようなことだ。

●逃げずに相手と正面からぶつかる。以前は「センシティブな問題を伝える時は日本人は同席せずローカルマネジャーのみ」というルールでやっていた。恨みをかわないように、日本人は陰に隠れるというわけだ。
しかし、今を思えば逆にこれは最も恨みをかう。
レターに書かれた宛名の人(今回の場合、私)と話をしたいのであって、ローカルマネジャーではない。
これを逃げ回ると夜道が危険だ。

●相手が求めているのは説得ではなく納得。
レターをもらった瞬間、過去6ヶ月間の本人のパフォーマンスを示す客観データをパソコンから引っ張り出して、印刷して持っていこうか、と思った。
しかし、本人の今の気持ちは
「遅い、などと今まで一度も言われたことが無い。いきなりではなく、きちんと忠告して欲しかった。そうすれば多少、対処も出来たかもしれないのに、なんだかなぁ・・・。」
なのであるから、ここで本人の遅さを実証する客観データを示しても何の意味もない。
私は結局、「これは指摘をしなかったリーダーがよくなかった、きちんと言うべきだった、ごめん。」と素直に謝った。
また、試用期間中の者に対して、いちいち「君はこの点がだめです。」とか「この点をもう少しちゃんとしないと正社員にしません」と指摘する必要など無いのではないか、といわれれば、確かにそうだ。この正論をもって、「プロベ社員に対する忠告義務は無い。」と相手に言うことも可能だ。
しかし、本人の気持ちにしこりを残さないという趣旨からすれば、素直に謝りすっきりさせた方が得策な場合もある。

●さて、会議室で2人で話をした。
結果、意外な事実がわかった。
彼女は今のチームで仕事をすることがとても好きだ、と語ったのだ。
それを知った瞬間「いかん、こいつを切ってはならない!」と私は思った。ここで働きたい、と思っているやつは必ず伸びる。
私はこのように言った。
 「真剣にここで働きたいと思っている人を追い出すようなことはしたくない。あと3ヶ月プロジェクト雇用という形で期間を延長することもできるがど  うするか。」
 「その場合、この辞表はどうなるのですか。」と相手。
 「ん?これ辞表だったの?」
 「そうですよ(笑」
 「ん、君に返すよ。」
 「ではちょっと考えます。あまりに急な変化なのですぐには決められませんから。」と相手。
 「はい。ちょっと考えて来週聞かせてちょうだい。」

●このような事件がおきるたびに思い出すのは、フィリピン人の次のような国民性である。

  1. 誰の目から見ても明らかに仕事が遅い」という状況であっても、通常、本人にはその自覚が全く無い。(過去には入社試験で落としただけで、ビルの下で待ち伏せをされたことがあった!)
  2. よって、「あなたは遅い」ということをきちんと説明する必要がある。説明すればすんなりと受け入れる。言わなくてもわかるだろう、はありえない。
  3. 日本人は、相手に悪い評価を伝えるのをためらうが、本人の受け止め方はそれほどでもない。逆に説明をためらうと、後で問題が大きくなる。
  4. 悪い評価であっても、他人から評価されること自体を好む傾向がある。
  5. 常に、シンプルで分かりやすい思考をするので、シンプルで分かりやすい説明が必要である。(これが日本人には非常に難しい!)
  6. 一見ぎょうぎょうしいレターであるが、彼らにとってみれば、権力者を話し合いのテーブルにつかせるための唯一の手段。実は、あまり過敏になる必要もない(?)顔をあわせて話をすることがやはり重要。